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正面右が白馬岳

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月31日(日)22時53分45秒
返信・引用
  白馬岩岳と栂池自然園をスノーシューで歩いてきました。
当初は北ア唐松岳へ行く予定でしたが友人の都合が悪くなり、白馬のホテルに予約のキャンセルの電話をしました。そのときホテルが主催するツアーがあるというので内容を確認して参加することにしました。東京のツアー会社と組んでいて、チケットとバッジが送られてきました。
当日北陸新幹線の長野駅に着くとホテルのバスが待っていて名前を云って乗り込みました。駅を9時30分に出発しホテルには11時につきました。フロントにいき名乗るとガイドさんが12時ころ来るので支度をして待つようにいわれました。
参加者は3名で、女性は子育てが終わり山歴20年の70歳、男性は定年後に登山を始めた山歴3年の65歳、生まれたときおむつの入ったザックを背負い、ヤッホーヤッホー と産声をあげたわたし78歳です。ガイドは50歳代のおじさんという感じの良い方でした。

12時半にホテルのバスは出発し、登山口の岩岳スキー場からはゴンドラに乗り、岩岳山につきスノーシューで「ねずこの森」やあずまや小屋まで、穏やか風の中を陽を浴びながら歩きました。休憩時にはガイドからコーヒーとケーキが供されました。2時間ほど散策してゴンドラにのり下るとマイクロバスが待っていてホテルに15時半に戻りました。二人部屋に一人です。脱ぎ散らかして大浴場にいき、戻って柿ピーとビールです。すこし片づけて夕食の6時まで昼寝をしました。

二日目は8時半にホテルのバスが出て栂池高原に着きました。そこからゴンドラに15分ぐらい乗り「つがのもり」からスノーシューで栂池自然園に向かい1時間半ぐらい登りました。空は青く晴れ、雪は輝き、間近に見る白馬三山の雪稜は青空を鋭く切り開いていました。

登りはスキヤー、スノボーが滑ってくるコースを歩きましたが、下りは積雪のある樹林帯の中を下りました。スノーシューを付けて踵から降りるバックステップはチョット技術が必要で、なれない方は尻セードで滑るといいますか落ちていきスノーシューが絡まって難儀していました。往復3時間半ほどでゴンドラ駅に戻り6人乗りのゴンドラに4人で乗り込みました。

わたしの服装がホテルを出てから下る現在まで同じなことに疑問を持った男性が、何を着ているのか質問してきました。ガイドを除いて二人とも着たり脱いだりしていました。下着は長袖でウール90%アクリル10%、その上にウール100%のチョッキで、ポイントは袖が無いことで、これがベストです、お二人がわたしのシャレに気づいて笑ってくれました。袖があると時には厳冬期でも暑くなりますが、袖が無いので蒸れる暑さは感じません。一上はウール80%アクリル20%の冬山用スポーツシャツです。残雪期ならこれでOKで晴天時でも脱着は不要です。厳冬期はこの上から裏地付きのアウター「パタゴニア製」を着ています。

ゴンドラを降りるとホテルのバスが待っていてそれに乗りホテルに直行し、13時過ぎには着きました。フロントに預けた荷を受け取り、15時に長野駅行のバスが出るまで風呂に入り持参したコーヒーとパンを食しました。
長野駅に16時半に着き新幹線は17時9分発で帰京しました。下車するときに気が付いたのですがツアー客3人は同じ号車の3席づつ離れた窓側の席で、ツアー会社の気遣いが分かりました。

旅のあと少し物足りなさもありましたが、こんな山旅もよいものです。
 
 

白馬岳を見に

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月31日(日)22時50分27秒
返信・引用
  左は鹿島槍方面です。  

白馬岳を見る

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月31日(日)22時48分34秒
返信・引用
  白馬三山をバックに  

菅平の根子岳

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月14日(木)20時42分0秒
返信・引用
  根子岳に行ってきました。登山口からゴンドラに乗り降りると目の前に雪上車が停まっていました。きくと根子岳山頂まで行くとのこと、ここから歩く予定でしたが山頂まで3千円、記念にとあっさり乗ることにしました。ガタガタとゆれること30分弱で雪上車が停まりました。スノシユーを付けて登ること10分ほどで山頂。

雪上車で登るとは堕落したものです。いやいや歳のせいです。
下りはゴンドラにも乗らず登山口まで歩き矜持を保ちました。
 

菅平の根子岳

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月14日(木)20時39分22秒
返信・引用
  隣の四阿山  

菅平の根子岳

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 3月14日(木)20時37分31秒
返信・引用
  根子岳の遠景です。  

蔵王は吹雪でした

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 2月 5日(火)22時28分9秒
返信・引用
  蔵王の樹氷を見るのが目的でしたが、そこまでいけませんでした。スキー場の脇を歩いたのですが前の人と5メートルも離れると人影は消えてしまいます。ガイドは絶えず人数確認をしていました。  

蔵王は吹雪でした

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 2月 5日(火)22時26分35秒
返信・引用
  さだまさしの「北の国から」の曲が聞こえてきそう感じでした。  

蔵王は吹雪でした

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 2月 5日(火)22時24分40秒
返信・引用
  吹雪模様で最初は雪山で使用するサングラスを使用したのですが、サングラスの中を雪が舞い30分も経ったらレンズが凍ってしまい、自分の目も冷凍サンマの目のようでした。風を避けてザックからゴーグルを取り出し交換しました。  

日光白根山

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 1月23日(水)22時26分59秒
返信・引用
  日光白根山へ行ってきました。
丸沼から目指したのですがトレースが無く難儀し2名でラッセル2時間、展望台までたどり着き戻ってきました。以前はトレースが有ったのですが最近の雪山からは若者の姿きえました。
 

高尾山

 投稿者:高柳  投稿日:2019年 1月 7日(月)20時03分57秒
返信・引用
  不掲載の原因が分かりました。
やれやれです。
 

湖東三山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年11月29日(木)20時43分27秒
返信・引用
  湖東三山  

湖東三山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年11月29日(木)20時40分15秒
返信・引用
  琵琶湖の東側に湖東三山というのがあります。
山と思い行ったのですが、三つのお寺でした。西明寺、金剛輪寺、百済寺。

紅葉が美しい社寺でした。
 

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時17分29秒
返信・引用 編集済
  写真の順番が逆になってしまいました。

わたしの写真がトップになってしまい、赤面のいたりです。
 

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時13分43秒
返信・引用
  帝釈山にて  

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時12分59秒
返信・引用
  田代山の木道、東山魁夷の道のよう。  

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時11分31秒
返信・引用
  田代山  

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時10分22秒
返信・引用
  帝釈山の池塘とワタスゲ  

帝釈山から田代山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月31日(水)21時08分11秒
返信・引用
  今年2018年6月中旬に帝釈山から田代山に縦走して湯ノ花温泉に下りました。

昔、40年ほど前に湯ノ花温泉に前泊し逆コースで歩き湯西川温泉に下る予定でしたが、その分岐が分からず林道を歩いているとき地元の工事関係者のマイクロバスに拾われ、鬼怒川温泉駅まで乗せてもらいました。歩くのは不可能な距離で拾われなかったら林道脇でのビバークとなったことでしょう。

湯西川温泉へ下る道は現在舗装道路になっています。

帝釈山にて
 

Re: 磐梯山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月24日(水)21時59分28秒
返信・引用
  > No.1834[元記事へ]

> 9月の下旬でしたが紅葉にはまだ早く、秋の気配はありました。
> いつもは猪苗代湖がわから登っていたのですが、今回は八方台>中の湯>弘法清水経由でした。

写真上:山頂から下に見えるのは檜原湖です。写真中:磐梯山頂です。

 

磐梯山

 投稿者:高柳  投稿日:2018年10月24日(水)21時55分46秒
返信・引用
  9月の下旬でしたが紅葉にはまだ早く、秋の気配はありました。
いつもは猪苗代湖がわから登っていたのですが、今回は八方台>中の湯>弘法清水経由でした。
 

画像テスト

 投稿者:高橋  投稿日:2018年10月22日(月)21時24分54秒
返信・引用
  小下沢で撮ったアサギマダラです。  

高田様

 投稿者:高柳  投稿日:2016年 7月 3日(日)20時21分11秒
返信・引用
  初めまして、この雑記帳の3ページに2011年9月27日の奥又白池の報告を掲載した高柳です。
初回は高田様はビールをわたしは登攀装備等20キロを背負いました。高田様とは何故か同志の感じがしましたがわたしは今年75歳と老兵です。

2011年9月に2回目の機会があり訪れました。高田様も秋9月下旬に再訪してはいかがですか。

当会は平均年齢は多分60歳を越していますが、若い高田様当会に入会されませんか、体験山行もありますので。一度お会いしたいですね。あれっ、男性ですよね。わたし雨男です。
 

Re: 上高地 奥又白池(おくまたじろいけ)

 投稿者:高田  投稿日:2016年 7月 2日(土)06時44分18秒
返信・引用
  > No.1689[元記事へ]

5月に58歳になりました。
奥又白池には、24歳の夏に会社の山岳部の訓練で登ったことがあります。
私は、訓練に遅れて参加したせいで、ザックの中身は、ビール20リットル
池のほとりで、宴会の荷揚げをしました。

年によって形が変わると言われている池です。私の記憶では、周囲100mも
無かったと思います。穂高にある池なので、綺麗だと思って行ってみると
雪解け水の集まり、綺麗にほど遠く汚く、少し匂いがしていました。

ここは、登攀のベースキャンプ地、次の日は、前穂の5,6のコールを抜けて
涸沢経由で徳沢園まで戻ってきたことを覚えています。

この歳になると2度と行けると思えませんが、
・氷壁の碑
・池で出会った沢登りの人の唇の青さ
・池から涸沢の間で見た、雪渓、カモシカの糞、オコジョ、無邪気な雷鳥
を、今でも覚えています。

あhttp://

 

福島原発事故の真相と放射線被曝の実態

 投稿者:わくちゃん  投稿日:2014年11月 1日(土)22時20分4秒
返信・引用 編集済
  出張の車中や宿で「歴史通」11月号を読んだ。朝日新聞の歴史捏造の記事を読むことが目的であったが、最も感銘した記事は、石川迪夫氏(原子力デコミッショニング研究会会長)と高山正之氏(ジャーナリスト)の対談記事「あのミステリーの謎が解けた!!」であった。福島原発事故の全容について「炉心溶融とは穏和な現象で容器の底を溶かして外に出ない」という理由を科学的に詳細に述べられています。NHKや朝日新聞の報道はデタラメ、フィクションと述べられています。また、燃料プールの水は水道水よりきれいで飲める、津波による事故は東電の責任うんぬんの前に製造したGEの責任を製造物責任法(PL法)で問い、GEに懲罰的損害賠償を求めるべきだと、目から鱗の記事でした。
中川恵一氏(東京大学附属病院放射線科准教授)の記事「放射線によるがんは増えていません」は、避難生活こそ最大の健康リスクで、放射線の影響は無い、自然被爆の2.09ミリシーベルトや医療被曝の3.87ミリシーベルトより低い1ミリシーベルトの避難はおかしい。騒がれている汚染水は2リットル毎日飲んでも年間被爆量は0.8ミリシーベルトに過ぎないなど、明瞭な説明が記載されており、納得の記事でした。



 

異常気象

 投稿者:わくちゃん  投稿日:2014年 9月13日(土)11時29分23秒
返信・引用 編集済
  太陽が最も高く上がり昼が最も長いのは、皆さんご承知の通り夏至である。しかし、最も暑いと感じるのは、2ヶ月近く遅い8月中旬から下旬である。我が国の最高気温は、高知県で昨年観測された8月12日である。日射量が気温に影響を与えていることは間違いない。なのに何故、最も日射量が多い6月下旬が暑くないのか、それは熱伝導による。

大気がない月や火星の表面に熱伝導の高い金属を置いたなら、日射量が多い時に最高温度に達するであろう。地球には大気が存在する。その大気は熱伝導率が低い、そのため暖まるのに時間を要する。海水も同様である。海水温が最も高いのは、お盆後から秋の彼岸までの頃である。日射量と温度とのタイムラグは大気よりも大きい。最近、日本の近くで熱帯低気圧が台風に発達した。極めて珍しいことであるが、海水温がいまだに低下していない証拠である。

さて、数年前から天文学者の間で騒がれているのが「太陽活動の極端な低下」である。過去の記録を見ると太陽活動の低下により低温となり飢饉などの被害をもたらされていることが知られている。それだけではない氷河期をもたらしたのも「太陽活動の極端な低下」であるとされている。

最近の気象ニュースで、たびたび「上空の寒気」というものが報じられている。最近でも上空約5700mで平年より5度も低い大気が列島上空に入り各地で豪雨をもたらしている。上空大気は確実に低下トレンドに移ったようである。しかし、上空の大気温が低下しても地上近くの気温が連動して直ちに低くなるわけではない。大気の熱伝導率が低いためである。熱伝導率が低い海水温まで伝わるのは、さらに遅くなる。したがって上空の大気が低下していても海水温は依然として高い状態を続けるであろう。何十年、何百年、いやそれ以上の時間を要するのかもしれない。

海水温が高く水蒸気を大気に多く放出している一方で、上空の大気が下がる状況では、大気に擾乱が起こるのは当然である。そのことは当然のことながら世界各地に大雨・豪雨をもたらし、農業被害のみならず土砂災害により人命を脅かす事態になることは誰しも想像がつく。「太陽活動の極端な低下」はいつまで続くのであろうか、1万年続いた間氷期は終わり、地球は氷期を迎えるのであろうか。食料の奪い合いなど世界各地で争乱が起こるのであろうか、杞憂であってほしい。




 

朝日新聞の過ちは重大

 投稿者:わくちゃん  投稿日:2014年 9月13日(土)10時43分58秒
返信・引用 編集済
  建設業、放送業、鉄道業、不動産業、警備業、金融業、医業、飲食業、訪問販売業、弁護士業など、世の中の業には、ほとんどの場合、当該業を規制する業法と呼ばれる法律がありる。そして、これら業法の最大の目的は、それぞれの業が持つ国民への影響力の大きさに着目し、国民の生活の安全などを図るためにある。新聞業にはその『業』のルールを法制化した、いわゆる『業法』が存在しない。朝日新聞は「慰安婦報道」など、国民に取り返しのつかない大きな損害を発生させているにも関わらず罰せられないのは納得がいかない。早急に法制化がなされるべきであろう。
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140913-00010003-biz_bj-nb

在英国際ジャーナリスト木村 正人氏は、「朝日新聞はどうして産経新聞に敗れたのか」という記事で、こう述べている。「ジャーナリズムは、国民一人ひとりの幸せを実現するためにある。朝日新聞の考え方を一方的に押し付けるためや朝日ブランドを高めるためにあるのではない。」、「インターネットは既存メディアを上回る『第5の権力』になった。」、「産経はニュースを解放する道を選び、朝日はニュースを囲い込む道を選んだ。この過ちが、朝日新聞とネットの間に埋めようのない溝を作った。 」、「ネットを通じて読者とつながっていき、社会を向上させていくというデジタル・ジャーナリズムの本質を見落としている。」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20140912-00039037/

我が家は10年前に朝日と産経を1年間購買し検討した結果、朝日の記事に偏向ありと判断し、現在は産経のみを購読している。産経の阿比留瑠比氏(民主党政権時代は官邸キャップ、現政治部編集委員)は、慰安婦に関する朝日新聞の報道について、「日本をおとしめることができれば事実などどうでもいいという考え方があった。」と指摘されていますが、ネットで情報を集め、自らの頭で考える人ならば、朝日新聞の記事の異常さに気づかないわけはない。朝日新聞に法的責任を取らすことが出来ないなら、自浄を求め解体的出直しを促す必要があるが不買運動を行うのが最も効果があるのであろう。




 

3万円を切る低価格ノートPC

 投稿者:高橋  投稿日:2014年 1月 9日(木)15時58分33秒
返信・引用 編集済
  メールやネット閲覧が中心ならばPCのOSはWindowsに拘る必要はないですね。Chrome OSでも必要十分でしょう。
GoogleのChrome OSといえば、アンドロイドスマホを連想されるでしょうが、スマホは正直使いにくい。ガラケーと称される従来の携帯電話のほうが使い易い。
3万円を切る低価格ノートPC「Chromebook」新機種を東芝が発売予定だそうです。下記のニュース参照
http://gigazine.net/news/20140107-toshiba-chromebook/

1366×768の13.3インチのディスプレイで重量は約1.5kg。CPUにHaswellベースのインテルCeleronプロセッサーを搭載し、2GBのRAMおよび16GBのSSDを内蔵。外部出力ポートはUSB3.0×2、HDMI×1、セキュリティロック付きのSDカードスロット×1。
100GBのGoogleドライブ ストレージも装備されており、バッテリーの連続使用時間は9時間。発売日は2014年2月16日で、価格は3万円を切る279.99ドル(約2万9000円)になる予定とのこと。

Windows XPのサポートが4 月 9 日に終了というのだが、高いPCに買い換えたくはない。上の東芝 Chrome OS PCにしようかな。


なお、MSのOfficeソフトとの代わりに、互換性があり、機能もほぼ同等の無料のLibre Office 4.1というオフィスソフトを使用できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/LibreOffice




http://gigazine.net/news/20140107-toshiba-chromebook/

 

座骨神経痛 絶望しません

 投稿者:わくちゃん  投稿日:2013年12月29日(日)21時10分46秒
返信・引用 編集済
  座骨神経痛になりました。29日までの顛末を記します。30日以降は追記する予定です。

クリスマス25日の夕刻頃から、左臀部から腿の外側や膝の近く、ふくろはぎの外側に痛みが走り痺れて、麻痺感がしました。腰痛の時は重い荷を背負い歩いたり、スクワットをすれば治ったので、今回も自力で治そうと鎮痛剤を飲み、26日はスポーツジムに行きました。まずはウォーキング、最初の5分は痛みをこらえ、15分位経つと痛みをさほど感じなくなったので成功と思い、26日はヨガなどをこなしました。ところが帰宅して日が落ち冷えて来ると痛みに襲われ耐えられなくなりました。寝ていても痛みが走り、腿の筋肉がピクピクと震え、七転八倒なら良いのですが、痛くて寝返りさえうてない。

それでもスポーツジムは休みません。これまで休んだのは旅行、登山、孫の訪問で、それ以外は無理しても行きました。27日も初めはウォーキング、最初の5分は激痛、15分位経つと痛みが和らぎ、20分以上歩くと痛みはさほど感じなくなったので、26日と同様にレッスンに参加、サスペンショントレーニング、この時、片足で体重を支える腹筋トレーニングで痛みが走り中断、これがいけなかったのは明らかです。その夜は前夜以上に痛みが強く、まっすぐに足を延ばしただけで痛い、姿勢を変えようと力を入れると激痛、ホカロンを入れ、膝上をさすりながら、うつらうつら何とか寝ることができました。

28日も休まずスポーツジム通い、やはり最初はウォーキング、痛みをこらえ20分以上歩くと少しは痛みが和らいだ気がしました。次にヨガのレッスンに参加をしたのだが伸びをすると痛い、背をそらしたり捻ったりで激痛、立位の片足立ちも左は痛くてダメ、冷や汗が出ました。帰宅して歩くと痛みが走るのでベッドに入りました。横向きで背を曲げチャイルドポーズで寝ました。起きると以前よりも痛みがさらに強い、どうも無理な運動は却って症状を悪化させたようです。背中をそらすと激痛、力んでも痛みが走る。背を丸め屈んだ姿勢でやっと何とか歩ける状態です。夜間の痛みは昨日と同様、それ以上です。寝ていてもチリチリと焼けるような痛みが走り、耐えられませんでした。

年末年始で病院も休み、自力で治すほかありません。29日、この日は安静を心がけようとスポーツジムを休み。昼間は陽の当たる暖かい2階でパソコンの前に座って過ごしました。時にはベッドに横たわり痛みをこらえます。陽が傾いた夕刻から1階のリビングのソファに座ったり、ホットカーペットの上で横になったり、27日以降、家事手伝いは一切免除、カミサンは優しくしてくれます。就寝時間がやってきます。昼間よりも夜間の蒲団の中のほうが怖いです。今夜も激痛に耐えなければなりません。

30日朝、追記
夜間の痛みに耐える術がわかってきた。足や背中を直線に延ばすと痛い、どちらも曲げておれば痛みは走らない。向きを変えるのは痛いがそうせざるを得ない。また、時々足や背を伸ばしたくなる。起きてからはソファに座る。前屈みになりパソコンに向かう姿勢も痛みがない。「安静にしなさい」と言われ、「要支援」状態も悪くはない。殿様になった気分、でんと座って何もしない正月の気分が数日早くやって来た。正月用に買っておいた雑誌「別冊 正論 NHKよ、そんなに日本が憎いのか」をじっくり読もう。
30日夜、追記
テレビ「あまちゃん」総集編を朝から夕まで見ようかと思いましたが、付けてみたがつまりません。 「別冊 正論 NHKよ、そんなに日本が憎いのか」を正午ころまで読んでいましたが、根が続きません。飛行機の機内や長距離電車の車内では、本を一心不乱に読むのですが、痛くて歩き回ることはできないものの自由な空間の自宅では、長時間の読書は難しい。堅い内容で難いせいだから尚更なのかな。
パソコンの前に座るのが性に合っています。それで、ブログ記事を3本書きました。
思い出の旅 中南米環境事情視察旅行 その1
思い出の旅 中南米環境事情視察旅行 その2
思い出の旅 中南米環境事情視察旅行 その3
長時間、イスに座り続けていては症状は良くなりませんね。却って悪くなったように思います。今晩、安眠できるかな、それとも痛みで苦しむのかなぁ~。

31日夜、追記
朝、会の連絡帳に新年山行の中止を書き込みました。誠に残念、会の皆様に申しわけありませんが、この状況では仕方ありません。
その書き込みの直後、床屋さんから電話「今日、予約されてます。おいで下さい。」と。慌てて自転車に乗り床屋に向かう。自転車に乗れたことが嬉しかった。明日も乗ってみようと思う。
床屋では、まず洗髪、イスの背を倒して頭を洗面台に向ける動作が痛くて無理、前屈みになり首を突きだして洗ってもらった。ひげ剃りは前屈みではできない、倒されたイスの背に潜りこむようにして足を上げて痛みをこらえて剃ってもらった。
2013年も残すところ1時間を切りました。夜も更け、じっとしていても足が痛みます。最後の最後に座骨神経痛という、とんだ目に会いましたが、おしなべて振り返ると今年は良い年であったと思います。2014年も良い年になるよう願って、書き込みを終えます。


正月4日には新年山行、リーダー役を務める。それまでに治るか、いや、治さなくては!!!。--→ 無理でした。


4日昼追記
痛みと闘いながら新年を過ごしました。特に、ベットに入ってから起床するまで、真っ直ぐに寝ることも出来ず、母の胎内いる赤ちゃんのように身体を曲げて、右を向いたり、左を向いたり、その都度走る激痛に耐える夜がつらかった。
新年山行は中止しました。山の仲間からは励ましと労り、優しい助言を頂きました。
本日、みんなの勧めに従い病院に行ってきました。座骨神経痛ではありませんでした。左足、太腿・膝の痛みの原因は深層筋肉の腸腰筋の肉離れ・炎症・腫れにより大腿部に繋がる神経圧迫との診断を受けました。
コア筋肉トレーニングのし過ぎが腸腰筋の肉離れを引き起こした原因と思います。そこに更に無理な運動を行ったことから炎症・腫れが拡大したようです。「何事も過ぎたるは及ばざるが如し」ですね。これからは自分の年齢を考え自重するようにいたします。
山の事故は下りに多いと言われています。下りこそ慎重にならなければなりませんね。人生の下りにある自分の歳を考えさせられた年末年始です。
回復にはまだ1~2週間かかるようです。



 

「絶望してはいけない」

 投稿者:新月  投稿日:2013年12月12日(木)19時50分14秒
返信・引用
  「絶望してはいけない」
チャップリン自らが書いたスピーチの全文です。

申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない。それは私には関わりのないことだ。誰も支配も征服もしたくない。できることなら皆を助けたい、ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。
私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。 人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。
私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。

知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなく過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。
飛行機やラジオが私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。

今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人達を拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。

私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

兵士たちよ。獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、そして、君たちを仕込み、食べ物を制限する者たちは、君たちを家畜として、単なるコマとして扱うのだ。
そんな自然に反する者たち、機械のマインド、機械の心を持った機械人間たちに、身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。

兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによる福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中なのだ。君たちの中になんだ。君たち、人々は、機械を作り上げる力、幸福を作り上げる力があるんだ。君たち、人々は人生を自由に、美しいものに、この人生を素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。

だから、民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。皆でひとつになろう。新しい世界のために、皆が雇用の機会を与えられる、君たちが未来を与えられる、老後に安定を与えてくれる、常識のある世界のために闘おう。
そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばしてきたが、奴らを嘘をつく。約束を果たさない。これからも果たしはしないだろう。独裁者たちは自分たちを自由し、人々を奴隷にする。

今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。
理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。了

詳しくはネットのチャプリンの「絶望してはいけない」をどうぞ。
 

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